4.10.2010

Shikii

数日前、僕は空手の師匠と一緒に編集部のアパートに泊まることになり、布団を敷いて寝る事にした。
部屋は8畳ほどの広さで、真ん中あたりに敷居がある。僕は何故かその敷居の部分に頭を置いて寝ていたようだ。

睡眠中、夢の中で何度も身体が浮くような感覚に陥った。天井にぶつかりそうになるくらいの高さまで身体が浮き上がり、自分の寝ている姿を天井から見えるという不思議な体験をした。これは幽体離脱ではないか、と直感した瞬間から身体がまったく動かなくなり、再び天井に向かって身体が浮かんでは落ちるという状態が続いた。恐くなった僕は、近くで寝ている師匠に向かって叫んだ。「師匠!師匠!」と何度も叫んだが、声にならないし身体も動かない。これは金縛りだ、ということに気付き、その後も断続的に訪れる幽体離脱と金縛りの恐怖に怯えながら一夜を過ごした。

翌日、このことを空手の師匠に伝えると、どうやら「敷居」に頭を置くという行為が恐怖体験と関係しているのでは、と師匠は推察した。なるほど、神社やお寺の敷居を踏んではいけない、とよく言われるからだ。
そんなことは迷信だと思って僕は反論したが、勇敢な師匠は「実際に試してやろう」と意気込んだ。
その晩、師匠は前日の僕と同じポジショニングで寝た。僕は師匠の近くで様子を見守ることにした。

師匠が寝静まり数時間が経った後、師匠は急に「前ちゃん!前ちゃん!」と僕を呼んだ。
いよいよ僕は恐くなったので、気付かないふりをして、薄目の状態で師匠をチラ見していた。
すると師匠は急に身体を起こし、あぐらをかいた状態で顔のあたりを触りはじめた。
何をしてるのかと注意深く見ていると、師匠は右手の人差し指を鼻に入れ、グリグリとその指を鼻の中で回し始めた。
数分間グリグリを続けた後、鼻の中から人差し指を、鼻くそと共に取り出した。そして親指と人差し指を使ってその鼻くそをこねくりまわした後、立ち上がって台所のある方に移動し、台所のスペースを行ったり来たりした後、また戻ってきた。

師匠の不可解な動きを心配した僕はようやく師匠に声をかけた。
すると師匠は、少し驚いた様子で、「右手が痙攣し始めたんだよ、だから前ちゃんを呼んだんだよ、やっぱり敷居に何かあるよ」と声を荒げて言った。あたかも、恐怖体験を師匠は語っているようなそぶりをしていたが、僕は鼻くそをグリグリこねていたことと、台所のどこに、鼻くそをこすりつけて放置したのか気になって仕方がなかった。

どうも納得がいかないままではあったが、その次の日、師匠は右膝の半月板を損傷した。

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